2012年8月20日月曜日

とうとう空手だ(3)

 実は、伝家の宝刀を、半分だけ抜いたことがある。吉祥寺の南口でKさんと酒を飲んでいた。「熊」という居酒屋だった。大学1年生の時で、Kさんは、当時全共闘支持で、橋川文三を慕っていた。明治大学の政経学部だった。確か橋川文三は明治の教授だった、様な気がする。40年前は、吉本隆明が流行っていた。冬だったから、もう三島由紀夫はいなかった。
 三島は初秋の銀座で白いスーツ、交差点にいた。僕のほうは桶谷秀昭教授(売れっ子の文芸評論家)が有名だった。「虚構の明暗」だったか、学生に人気があった。ある日、先生は黒板に、漱石の「それから」以降の作品についてのべよ、と白墨で「こんこんこん」と書かれた。「門、こころ、明暗」だったかな。自我、嫉妬、羨望の世界。そういう話をしていると、突然カウンターの隅で、一人の男が、「包丁を持ってこい」とわめいた。 
 僕は先に店を出てデニムのジャンパーを脱いで、左腕に巻いた。包丁で刺されたら死ぬかもしれない。首なら、血が噴き出るだろう。Kさんも店から出てこない。降りかかる火の粉は払わねばならぬ。するとKさんが出てきた。帰ろう帰ろう。すんだすんだ。ただの酔っ払いだ。板前がさっと包丁をしまった。このように、私の伝家の宝刀は、ぐるぐる巻きのまま、よろよろと帰路に就いた。

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