2014年10月19日日曜日

バースデー

散髪屋の帰りに酒屋へ行って
安いシャンパンを買って
人生 
こうしていられるのも
ありがたいことです
乾杯
泡が出すぎて

パジャマずぶ濡れ
気を取り直し
書棚の高村光太郎全集(筑摩)第1巻を

「冬の詩」



冬だ、冬だ、何処もかも冬だ
見わたすかぎり冬だ
再び僕に会ひに来た硬骨な冬
冬よ、冬よ
躍れ、叫べ、僕の手を握れ
大きな公孫樹の木を丸坊主にした冬
きらきらと星の頭を削り出した冬
秩父、箱根、それよりもでかい富士の山を張り飛ばして来た冬
そして、関八州の野や山にひゆうひゆうと笛をならして騒ぎ廻る冬
貧血な神経衰弱の青年や
鼠賊のやうな小悪に知慧を絞る中年者や
温気にはびこる蘇苔のやうな雑輩や
おいぼれ共や
懦弱で見栄坊な令嬢たちや
甘つたるい恋人や
陰険な奥様や
皆ひとちぢみにちぢみあがらして
素手で大道を歩いて来た冬
葱の畠に粉をふかせ
青物市場に菜つぱの山をつみ上げる冬
万物に生をさけび
人間の本心ゆすぶり返し
惨酷で、不公平で
憐愍を軽蔑し、感情の根を洗ひ出し
隅から隅へ畏れを配り
弱者をますます弱者にし、又殺戮し
獰猛な人間に良心をよびさまし
前進を強いて朗らかな喇叭を吹き
気まぐれな生育を制えて痛苦と豊饒とを与へる冬
冬は見上げた僕の友だ
僕の体力は冬と同盟して歓喜の声をあげる
冬よ、冬よ
躍れ、さけべ、腕を組まう



冬だ、冬だ、何処もかも冬だ
都会のまんなかも冬だ
銀座通りも冬だ
勇敢な電車の運転手、よく働く新聞の売子、誠実な交番の巡査、体力を尽す人力車夫
冬は汝に健康をおくる
大時計の鐘も空へひびいてわたり
宝石は鋭くひかり
毛布、手袋、シャツ、帽子、ボア、マツフ、外套、毛皮は人間の調節性を語り
葉巻紙巻の高価な烟草、ポムペイヤ、シクラメン、カシミヤ、ペロキシイド、香水、サラヂウム、エマナトリウム、白粉は、人間の贅沢と楽欲との自然性を賛美する
ラヂウム、エマナトリウムに冬は人間の滑稽な誇大癖を笑ひ
湯気の出てゐるカフエの飾菓子に冬は無邪気な食慾をそそる
女よ、カフエの女よ
強かれ、冬のやうに強かれ
もろい汝の体を狡猾な遊治郎の手に投ずるな
汝の本能を尊び
女女しさと、屈従を意味する愛嬌と、わけもない笑と、無駄なサンチマンタリスムとを根こそぎにしろ
そして、まめに動け、本気にかせげ、愛を知れ、すますな、かがやけ
冬のやうに無惨であれ、本当であれ
白いエプロンをかけ、鉛筆をぶらさげたカフエの女よ
けなげな愛す可き働き人よ
冬は汝に堅忍を与へる
冬は又、銀行の事務員、新聞社の探訪、保険会社の勧誘員を驚かし
冬は自動車のひびきを喜び
停車場構内の雑踏と秩序とを荘重に彩り
時のきびしさを衆人に迫る
冬よ、冬よ
躍れ、さけべ、足をそろえろ



冬だ、冬だ、何処もかも冬だ
大川端も冬だ 
永代の橋下にかかつて赤い水線を出して居る廻運丸よ
大胆な三百噸の航海者よ
海の高い、波に白手拭のひるがえる、かもめの啼いて喜ぶ冬だ
汝の力を果す時だ、汝の元気の役立つ時だ
さうだ、さうだ、鯨のうなる様な汽笛をならせ
檣に綱を張れ、旗を上げろ、黒い烟を吐け
猶予するな、出ろ、出ろ
あの大きい乗りごたへのある大洋へ出ろ
汽罐を鳴りひびかせろ
働いてほてつた体に霙を浴びろ
ああ、数限りのない小舟の群よ
動け、走れ、縦横自在にこぎ廻れ
帆かけ船は帆をかけろ
にたりは櫨べそに水をくれろ
水に凍えたまつ赤な手足をふり動かせ
忠実な一銭蒸気は、我がもの顔に大川を歩け
冬は並び立つ倉庫に乾燥をめぐみ
高い烟突の煤烟を遠く吹き消し
大きな円屋根を光らし
川べりの茶屋小屋を威嚇し
吾妻橋の人込みに歓喜する
土工よ、人足よ、職工よ
汗水を流して、大地に仕事をし、家を建て、機械を動かす天晴の勇者よ
汝の力をふりしぼれ、汝の仕事を信仰しろ、汝の暴威をたけらせろ
泣く時は泣け、怒る時は怒れ、わめく時はわめけ
やけになるな、小理窟をいふな
冬のやうにびしびしとやれ
脊骨で重い荷をかつげ
大きな白い息を吹け
ああ、かはいらしい労働者よ
冬はあくまで汝の味方だ
骨身を惜しまず正義を尽せ
冬よ、冬よ
躍れ、叫べ、足を出せ



冬だ、冬だ、何処もかも冬だ
高台も冬だ
馬車馬のやうに勉強する学生よ
がむしゃらに学問と角力をとれ
負けるな、どんどんと卒業しろ
インキ壺をぶらさげ小倉の袴をはいた若者よ
めそめそした青年の憂鬱病にとりつかれるな
マニュアリストとなるな
胸を張らし、大地をふみつけて歩け
大地の力を体感しろ
汝の全身を波だたせろ
つきぬけ、やり通せ
何を措いても生を得よ、たった一つの生を得よ
他人よりも自分だ、社会よりも自己だ、外よりも内だ
それを攻めろ、そして信じ切れ
孤独に深入りせよ
自然を忘れるな、自然をたのめ
自然に根ざした孤独はとりもなほさず万人に通ずる道だ
孤独を恐れるな、万人に、わからせようとするな、第二義に生きるな
根のない感激に耽る事を止めよ
素より衆人の口を無視しろ
比較を好む評判記をわらへ
ああ、そして人間を感じろ
愛に生きよ、愛に育て
冬の峻烈の愛を思へ、裸の愛を見よ
平和のみ愛の相ではない
平和と慰安とは卑屈者の糧だ
ほろりとするのを人間味と考へるな
それは循俗味だ
氷のやうに意力のはちきる自然さを味へ
いい世界をつくれ
人間を押し上げろ
未来を生かせ
人類のまだ若い事を知れ
ああ、風に吹かれる小学の生徒よ
伸びよ、育てよ
魂をきたへろ、肉をきたへろ
冬の寒さに肌をさらせ
冬は未来を包み、未来をはぐくむ
冬よ、冬よ
躍れ、叫べ、とどろかせ



冬だ、冬だ、何処もかも冬だ
見渡すかぎり冬だ
その中を僕はゆく
たった一人で――

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